インプラント治療について

このページでは、歯科領域における「インプラント治療」とはどのようなものか、詳しく解説していきます。

歯科インプラント治療とは

 「歯科インプラント治療」とは、虫歯や歯周病で歯を失ってしまい歯ぐきだけになってしまった部位に、新たに「人工の歯」を植立して噛み合わせを回復させる治療です。インプラントはその卓越した機能回復効果により、乳歯・永久歯に次いで「第三の歯」とも言われます。

インプラントの歴史

 インプラントの歴史という観点からひも解くと、なんと紀元前までさかのぼることになります。インカ文明時代のミイラの顎の骨にはサファイアの歯が埋め込まれていたり、エジプト文明においては抜けた歯の代わりに、象牙や宝石を埋め込む儀式があったという報告もあるようです。

 これらの報告は生前に埋め込まれたのか、死後に埋め込まれたのかはっきりしないため、機能的な歯科インプラントというよりは、単なる死者を弔う儀式の一つにすぎなかったのかもしれません。

 しかし、西暦300年ころになると、ヨーロッパで上顎に鉄製の人工の歯が埋め込まれているローマ時代の人骨が発見されていたり、西暦700年ころには中南米で下顎に貝殻でできた前歯が埋め込まれているマヤ族の人骨が発見されています。この貝殻は下顎骨と結合していたことから、間違いなく生前に埋め込まれたものだと結論づけられています。

マヤ族の貝殻インプラント
マヤ族の貝殻インプラント(前歯3本)

 このように、失った歯を何かで代用する治療方法は、はるか昔から考えられていたようです。その間、水晶やサファイアやエメラルド、金、銀、その他の金属など、様々な素材で試されてきたようです。

 近代インプラントが臨床に登場するようになったのは1900年代に入ってからのことです。

 1910年あたりから世界各地でさまざまなインプラント治療が試みられるようになりました。1910年代にはバスケット型、1930年代にはスクリュー型、1940年代にはらせん型、1961年にはシェルシェブのスパイラル型、1970年にはLinkowのブレード型1978年にはKawaharaのサファイヤインプラントなど、多種多様なインプラントが考案されました。しかしどのインプラントも臨床成績が今一つで安定性に欠けていたため、廃れていくことになります。

 そんな中、「チタン」という金属が人間の体と非常に相性が良いことが発見されます。発見したのはスウェーデンのペル・イングヴァール・ブローネマルクという人物でした。

発見は偶然

インプラントの父

 ブローネマルク博士は スウェーデンの整形外科医で医学者であり歯学者でした。 ルンド大学医学部で1952年、ウサギの足の骨にチタン製の生体顕微鏡を取り付け微少循環の観察実験を行っていたとき、実験後にその器具を外そうとしたらチタンと骨が完全に一体化していて外れなくなっていました。そのことより、博士はチタンと骨の組織が拒否反応を起こさず結合する現象であるオッセオインテグレーションを発見したとされています。歯とは全く関係のない実験からインプラントの礎が築かれたという、まさに偶然の産物だったわけです。

 その後博士は、チタンによる歯科インプラントの研究をすすめることとなり、1965年にインプラントの臨床応用を開始します。 最初の患者はヨスタ・ラーソンという34歳の男性で、彼は生まれつきあごが弱く、歯も数本しか生えていなかったそうです。博士はそんな彼にインプラント手術を行い、噛むことが可能な人口の歯牙を作り出したのです。そのインプラントはその後彼が亡くなるまで41年間問題なく機能したという事で、そこから安全な歯科インプラント治療が全世界に広まっていくこととなります。

ブローネマルク博士とヤーソン氏
(右)ラーソン氏

歯科インプラント治療がグローバルスタンダードに

  ブローネマルク博士が歯科の専門医師ではなかった事などがあり、当時の多くの歯科医師はインプラントに懐疑的であったため、チタンインプラントが臨床の世界に普及することはありませんでした。

 それからしばらくして、博士は1982年にカナダのトロントで開かれた国際会議でそれまでの17年間のデータを公開しました。公開された数多くのデータは、その高い成功率と再現性の高さを証明することになり、世界を驚かせることとなりました。
 これを機にオッセオインテグレーション(骨結合型)インプラントが全世界に普及し始めたのです。

 その次の年の1983年に ブローネマルク博士が来日され、東京歯科大学で自らインプラント手術を行う事となり、これが日本におけるインプラント治療の本格的な幕開けとなりました。1990年からはブローネマルク・インプラントは整形外科の分野にまで波及し、人工関節付きの義足、指の再建の他、鼻の軟骨などの再建にも応用されています。 ブローネマルク博士は、その後2014年に85歳の生涯を閉じるまで、世界の歯科インプラント治療に貢献し続けられ、その業績を称えて、多くの賞が授与されています。

最新インプラントのしくみ

 前述したように、現在主流のインプラントの組成は純チタン製もしくはチタン合金となっています。

 インプラントのパーツは基本的には以下の3つに分かれています。

  1. フィクスチャー(歯の根にあたる部分)
  2. アバットメント(かぶせの土台になる部分)
  3. 上部構造(かぶせ=人工歯冠)
インプラントの構造
インプラントの構造

インプラントフィクスチャー

インプラントフィクスチャー
インプラント
フィクスチャー

 歯の根の代わりに埋め込む部分です。直径4mm長さ10mm程度のチタン製の棒です。 インプラント治療の成功は、このフィクスチャーがあごの骨としっかりくっついて安定するかどうかにかかっています。

インプラントアバットメント

インプラントアバットメント
アバットメント

 フィクスチャーの上に接続して人工歯を装着するための土台となる部分です。フィクスチャーとアバットメントが一体化した「ワンピースインプラント」というものもあります(後述)。

上部構造(人工歯冠)

セラミック人工歯
メタルボンドセラミックの人工歯

 アバットメントにかぶせることで見た目も機能的にも自分の歯のように回復することができます。すべてがセラミックでできているものもあります。この上部構造がかみ合わせの重要なカギとなり、インプラントの寿命にもかかわってきます。


ワンピースタイプのインプラント

ワンピースインプラント
ワンピースインプラント

 フィクスチャーとアバットメントが一体化したタイプのインプラント体もあります。接続部分が無いため、頑丈で清掃性に優れるなどのメリットがある反面、アバットメントの方向が軸方向と同じになるため、上部構造の設計に制限が生じやすいデメリットもあります。

インプラント治療のながれ

①術前検査

 まずは、インプラント治療が可能かどうかも含めて、局所的、全身的に検査をおこないます。インプラント治療以外の治療方法とも照らし合わせて比較し、インプラント治療が最も適した症例かどうかを確認します。

②インプラント術前シミュレーション

 インプラント治療が適応症例だということになると、どのような術式でインプラント治療を進めていくのかをシミュレーションします。

 一概に「インプラント治療」といっても、実はさまざまな選択肢があります。

  • インプラントの形状や種類
  • 埋入するインプラントの数
  • インプラント埋入方法(術式)
  • 上部構造の種類(単冠、連結冠、ブリッジ、インプラント義歯など)
  • トータルの治療費用(予算)
  • トータルの治療期間

 上記の項目に加えて、患者さんの口腔内の状態、全身状態、基礎疾患の有無などを考慮してインプラントの種類や術式を決定します。歯科医師の裁量権で大まかな治療計画は決まってしまいますが、患者側からも予算や治療期間など、希望があれば担当医にしっかりと相談して決めるべきです。

③インプラント埋入手術

 術式が決定したら、いよいよインプラント埋入手術です。局所麻酔下にてインプラントフィクスチャーをあごの骨の中に埋め込む(植立する)手術です。この手術がインプラント治療の山場といっても過言ではありません。埋入するインプラントの本数にもよりますが、執刀医の治療技術の影響を最も受けやすいパートとなります。

 インプラントを埋入するのには基本的に以下の2種類の術式があります。

出典:インプラントネット
  • 一回法:埋入したインプラントフィクスチャーを歯ぐきから見える状態で手術を終える方法
出典:インプラントネット
  • 二回法:埋入したインプラントフィクスチャーを歯ぐきで覆うことで見えない状態にして手術を終える方法。

④安静期間

 インプラント埋入手術が終わると、一定期間安静を保つ必要があります。一定期間とはおおむね1か月から半年となります。この期間の差は、

  • 治癒能力の個人差
  • 術式
  • インプラントの種類
  • インプラントの埋入位置(上顎、下顎、前歯、奥歯)
  • 噛み合わせの状態

などによってかわってきます。

 インプラントフィクスチャーは、手術後2週間目あたりから骨との結合を開始し、少しずつその結合を強めていくといわれています。術後にインプラント体に物理的な刺激を加えると、インプラントと骨の結合に時間がかかったり、インプラント体が脱落したりすることがあるので、痛みが無くても安静を保つことが大事です。

⑤2次手術(2回法のみ)

 こちらは2回法という手術方法をとった場合のみに必要な手術です。

出典:インプラントネット

 手術といってもわずかな局所麻酔と歯肉切開で終了します。あごの骨としっかり結合したフィクスチャーにアバットメントをねじ止めします。

⑥上部構造の製作(歯型取り)

 インプラント体が安定したら、上部構造(人工歯冠)を製作するために型を取ります。取った型から精密な模型をおこして、人工の歯を製作します。人工歯冠には以下のような種類があります。

  • 金属製
  • 金属と白い樹脂の二層構造
  • 金属とセラミックの二層構造
  • セラミック製(オールセラミック・ジルコニアセラミック)

⑦上部構造(人工歯冠)のセット

 人工歯冠が完成したら、それをインプラント体(アバットメント部)にセットします。セット方法には主に以下の方法があります。

  • 接着剤でしっかりとくっつける(取り外し不可)
  • 仮付け用の接着剤でくっつける(取り外し可)
  • ねじ止めする(取り外し可)

  取り外し可能な方法であれば、メンテナンスの際に外してチェックができたり、人工歯冠が欠けた場合は取り外して修理することができます。そのかわり、緩みや脱離が起きることがあります。完全に合着する方法は、緩んだり外れたりしづらい反面、人工歯冠を外してメンテナンスを行うことができません。この選択は症例によって自ずと決まってしまうこともあります。

⑧メンテナンス(定期健診)

 インプラント治療が完了したという事は、あなたのインプラント人生がスタートしたという事でもあります。少しでも長く、快適な食生活を続けていくためには、

●インプラントをできるだけ長持ちさせる

●これ以上、自分の歯を失わない

●全身の健康も保ち続ける

以上の事がとても大切になります。歯科定期健診は必ず受けてください。

 インプラント治療には補償制度が設けられていることがほとんどですが、多くのケースでは「定期健診を受けていただくこと」が条件となっています。

まとめ

 飽食の時代を迎えて久しい我が国日本では、多くの人が食事を楽しむことが「当たり前」の環境で生活しています。しかしながら、虫歯や歯周病の恐ろしさを理解しているひとはそう多くありません。

 その結果、 60代で自分の歯の4分の1(8本)を失っている というデータもあります。

 ”歯”だけに言えることとして、

  • 虫歯で空いた穴は自然とふさがることは絶対にない
  • 失ってしまうと二度と生えてくることはない

 という事です。こんなに大切なことなのに、失ってから始めて気づいて後悔する人が後を絶ちません。

 インプラント治療は、そんな方々のために開発され、進化してきました。「インプラントは第三の歯」といわれるゆえんもここにあります。現代人は自分の歯を失っても、新しい歯を取り戻すことができるのです。しかし気を付けてほしいことがあります。

 インプラントにも寿命があり、お手入れをしなければ早期脱落もありうるという事です。

 インプラント治療を受けることによって、あらためて自分の歯の大切さと身体の健康を維持することの大切さに気付いていただければ幸いです。